某外国人騎手

この話もときどき日本にやってくる某外国人騎手本人の話である。
彼の名前はSとでもしておこう。

食べ物がおいしいフランスを主戦場にしているS騎手にとって、体重コント
画Iルは競馬の前哨戦だ。レース日に合わせて体重を減らしていくのはすでに
慣れっこ。とはいえ、楽な行程ではない。
週の後半は節制の連続だ。食べたいものも飲みたいものも、すべて我慢をして競馬日を迎える。
だからこそ反動もやってくる。レースが終わって精神的に解放された夜は、
好きなだけワインを飲み、好きなだけ肉をむさぼり食べるとか。彼はこうして
心と体のバランスをとっているのである。ず-つと節制ばかりでは頭がおかしくなってしまうからだ。

3カ月ほど前。フランスで競馬をしていた彼の前に、同じく体重制限に悩ん
でいた仲のいい騎手Cが現われた。久しぶりにあったCはなんだかとてもスリムになっていた。
「お前、やせたな」
SはCの変貌ぶりに驚く。自分と同じで、食べ過ぎによる体重増加に悩んで
いたCが、まったく別人のような体になっていたからだ。歳のせいでたるんで
いたアゴのあたりもスッキリしている。やつかみ半分で聞いてみる。
「ダイエットした?」
やはり秘密は知りたい。そこまで体が変わるのは何か使っているに違いないからだ。
Cはニヤリと笑って、しばし自分の体を自慢したそうだ。
「まあ、いろいろやっているからねえ。もう体重では悩まないよ」
「いいから秘密を教えろ」
Cからは勝者の微笑みが見えた。それがSをカチンとさせた。騎手のランク
一収入も、Cより遥かに上にいるSだったが、このときばかりはさすがに敗者の気分を味わった。
するとCは「じゃあ教えてやるか」と上から目線になって、ポケットから怪
しげな錠剤を取り出した。
ヨレさ。コレをたまに飲んでいる」
手のひらの上にあるパッケージに包まれた錠剤はピンク色の豆に見えた。
いかにも怪しげである。
「なんだこれは。合法なものか?」
「合法だ。薬物検査にもでない」
そういうとCはピンク豆を入手したいきさつを明かした。
「ある日、パリのバーで俺に話しかけてきた男がいた。そいつは自分のことを薬の売人だと自己紹介した。怪しいから、オレはそいつに『あっちいけ」っ
ていってやった。だけどそいつは悪ぴれる様子もなく『あなたジョッキーです
よね。体重コント画I鵬したいんだったらすごくいいものがありますよ』っていったんだ」
やぱい話だな-。Sはちょっと気持ちが引いた。
「そいつはさっきのオレみたいにポケットからこのピンク色のビーンズを取り出した。そして『これはまったく合法のやせる薬です。ワンパ
ック差し上げますよ。心配なら競馬のないときにでも試してくだ
さい。ほらいまここで私も飲みますから大丈夫ですよ』といって、
ビーンズを2?3粒飲んだんだ」
「それで?」
「『もし効果があったら、次は買ってください。4粒で100ユ
ーロです。欲しいときにはここに連絡ください』。そういって名刺
をくれた」
「で、飲み続けているわけだな」
「そうだ」
Cが完全なアホだと思った。酒場で怪しい男から怪しい薬を出されて飲む人
間がどこにいる?薬物がでたら一発でアウトだし、ひょっとしたら持ってい
るだけでもお縄になってしまうようなヤバいものかもしれない。そこまでのリ
スクを背負って何になる。
しかしだ。この彼がビーンズと呼ぶこの薬は効果絶大のようだ。明らかにC
はいま、体重で悩んでいないからだ。だからこそ一番気になったことを聞いてみる。
「飲むとどうなるんだ?」
「そうだな・・・。すげえクソがでる」
「なんだって?」
Cによれば、薬を飲むと、食べても食べてもすべてでてしまうらしいのだ。
かなり下剤の効果が強い薬のようだ。
「だから、僕も買ってきたんだ」
Sは嬉しそうにその秘薬を私に見せてくれた。
「でも、恐くてまだ飲んでないんだけどね……」

Sが出した錠剤。それは私の目には日本では女性が便秘の際に服用している
『ピンクの小粒●Iラック』に見えた。いや間違いない。これは明らかに●-ラツクだ!
「ど-しようかな-。飲もうかな、飲むのやめようかな-。うふふふふ」
嬉しそうに悩んでいるSに、私は本当のことがいえなかった。日本で買えば
1000円程度。それが……。
4粒1001-口(約1万6000円)。完全なボッタクリ価格……。

フランスってけつこう恐いところだなあ、と思った。

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